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姐御−グッピー

Author:姐御−グッピー
どうも世間の障害者というククリからは、はみだしてしまう。
イジメも差別も笑いに変える、そんな経験を綴りながら、ど〜してこんな自分が出来上がったのか? 探ってみたくなりました。

はたして、何が見えてきますかねぇ。(笑)

2008.4.20 start..

写真を変えました。
オホーツク海です。
(本文とは関係ない!?) (^^;;)

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はみ出しのキッカケ?

特別支援校では、スクールバスや学校行事などで、中学部や高等部との交流がございます。
社交性があった私は、結構兄さん、姉さんたちとお知り合い。。。
ん〜? 兄さんになついていた記憶しかナイ? かも〜〜 (笑)

ソレは、小学校6年生の時。
あるハンディ持ちが集まる休養ホーム(区立でリハビリや食事、宿泊ができる施設)での出来事でございます。

たしか図書室だったと思います。
本を読んでいると、急な大きな女性の声にビックリ したのでございます。

「あんたは、ここにいる人じゃナイのよ!
 出て行きなさい!!。」


言われている人を見ると、いつも学校でイジメられている兄さんでした。
イジメられている原因は、反応が遅い?から? という感じでした。
ソレは、その人のハンディの部分であり、なんともしがたいのです。

特別支援校の中でも、イジメは存在していました。
これが現実でございます。

その状況を見た私は、

すげ〜〜〜! 女王さまみたい。
でも、人のコト言えた義理じゃナイよ。
自分だってハンディ持ちだろ〜がよッ!!!
同じ痛みわからんのか?
何か変じゃ。。。。。。


と思い、そ〜〜〜っと図書室を抜け出しました。
ハンディ持ちがハンディ持ちをイジメているコトは、小学生にとってショックと同時に、私の心に何かイヤ〜〜〜なものが残ってしまったのでございます。

この違和感がまた、私に様々なことを考えるひとつの基礎と、ハンディ持ちの世界からはみ出すキッカケになっていったのでございます。

足技、尻技?

ちょっとエッチなタイトルで申し訳けございません。。


からだにマヒのある私は、自由に動けるようになったのは、6〜7歳くらいでした。
でも、手を本格的に使うようになったのは、11歳以降かな〜〜?

小さい頃、足の方が早く自由がきき、なおかつ力も付いてしまったため、足技が自然とでておりました。

足技とは、足でふすまや戸を開け閉めするのは、オチャノコサイサイさ!!
指を曲げて、物を取ってしまう〜〜。
器用で、身体不自由と言えるかな? (笑)
今でもティッシュをつまんだりしちゃいます。


なんとか手を使わせようと母は、私の足技を目にするにつけ、
「手でやりなさ〜〜〜〜〜い!!!!!!!」
と大きい声をだしておりました。

私といえば、しれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ
「だって、楽なんだも〜〜〜〜〜〜ん」 っと
言うこと聞かナイ。。。


家の中の移動は歩くのではなく、お尻を引きずっての移動方法をしておりました。
長い年月そうしていると、尻の皮が厚くなってしまいソレを見た母は、さすがに
   「コレは、いかんぞ!!!」   と短距離でも立って歩くようにと
父に相談し、唐突にダイニングセットを購入。
洋式な生活をしたのでございました。

学校での機能訓練も手や腕の力で前に進む、軍隊のジャングルをいくようなものを多くやらされた記憶があるのでございます。


ダイニングセットは、畳の部屋には不釣り合いで、なんとも子ども心に不思議な感じがしたものでございます。。。

さて、私の足技・尻技はコレでたしかに少なくなり、尻の皮も元にもどったのでございます。


昔取ったなんとか、今でも足技は充分に使えるのでございます。

介護者はどっち?

またまた、旅行ネタでございます。

中学校からのお友だち、本当に気が自然に合ってるのか、高校からよく一緒に文化祭とか勉強会とか一緒に行っていました。 

思い出しても、北海道、沖縄、群馬、岩手、新潟など、いろいろ出かけております。



岩手のときでございます。
彼女は、ちょっと傷心しているときで、私はその正反対でルンルンしている時に、二人旅となったのでございます。

正反対の心なので、イザコザやトラぶってもおかしくない状況だったのに、お互いにお互いの話をしても、何の違和感もなく、語りたいだけ語って、友情はゆるぎないのでございました。

この話を後日別のお友だちに話したら、
 「普通だったら、不幸のところに幸福な話しても嫌がるだろうし、その逆でも嫌がるよ。まったく〜この二人は!!!」
と3人で大爆笑したのでございます。


このふたり旅、健常とハンディ持ちという構図!
世間的には、介護する側される側。
まったくソノ意識は二人にはナイのですが・・・・・・ 

岩手は公共交通手段はあまりないので、レンタカーを借りて回ろうと借りにオフィスへ行き、私が免許証を差し出すと、

店 「は? あなたが? ですか?」 と彼女を見る
あ 「ハイ。」  普通ですよォ〜〜 
友 「・・・・・・・・・・・・・」 ひたすら ニコニコ 

と珍道中  開始です。


宮沢賢治記念館とか有料の所も身体障害者手帳があると介護者1名まで、割引されることがあります。
ソレを利用させていただいて、各所をめぐっておりました。。

いつも二人で旅していると、
友 「特典利用をして、運転させて、どっちが介護者か わからないね。」 
あ 「あははは〜〜、そうかもしれないねぇ〜〜〜」    


こんな友人がいるのは、しあわせなコトで感謝でございます。

珍しいのかな〜

2008.6.19〜22まで、北海道の旅をしてきました。

北海道の旅

指が邪魔でごめんなさい。


ハンディ持ち同士で良く旅行に行きます。
ハンディ持ちのみの団体旅行も20年くらい行ってました。最大18名?


この話をある方に話したところ、こんな言葉が返ってきたのでございます。

キ 「えぇ〜! ハンディ持ちだけなのぉ〜〜〜〜?」
あ 「そうよ! 何か? 不都合でも???」
キ 「ボランティアは? 健常者は?」
あ 「そんなの、いませんよ。」
キ 「なんで? 行く人いないの?」
あ 「だって、必要ナイじゃん。みんなで助け合えば十分でしょう。」
キ 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

と、どうも話が噛み合いません。


その方はもう18歳ころから55歳まで、障害者福祉にドップリコと浸っているのでございました。
福祉を職業としている方限って、普通の感覚を失いがちになることは、往々にしてあることなのでございます。


今年もハンディ持ち4人組の珍道中でございましたが、さほど目立ったトラブルもなく無事に帰ることができました。

もう私たちには慣れっこになっているので、誰も声に出しては話題にしませんでしたが、小さな差別や誤解・偏見を感じる場面はありましたねぇ。

お食事をするお店に、4名のハンディ持ちがぞろぞろと入っていくと、お店の方は一瞬 “ぎょっ” とされるようです。

こちらはソレを感じ取っても、気が付いていませんよ〜〜と普通に注文して、普通に食べて普通にお金払って帰ります〜〜。

店主・店員さんたちも、だんだんと慣れてきて、レジする時には、世間話するほどになる方もいらっしゃいます。

こんな時は、小さな心のバリアフリーになってるかな?と思ったりしているのでございます〜〜〜

困ったちゃんには・・・・・

世の中には、いろんな人がいるものでございます。

嫌な人は、避けて生きられればよろしいのでしょうけど、時にはそうもいきません。
大人になれば、なおさらでございます。


会社でのこと・・・・・・・・・・・・。

銀行の未来図というコンセプトで、都市銀行さんの頭取クラスをお呼びしてプレゼンテーションをするチームに加わることになりました。

企画から実演までは、3か月間。
順調に企画は進み、私も担当部分のプレゼンテーションのプロジェクターの中身と操作を作り込んでいました。

さて、当日の朝!!
私は、課長から呼ばれました。

ちょっと、困った顔をしています・・・・・・
課 「あのさ、・・・・・・○○部長(本社の)が おまえさんを頭取さんの前に出すな。と言ってきたんだよ。障がい者がいるって見せたくないらしい。。」
あ 「はい、いいですよ。わかりましたぁ〜〜」 
そういう反応は、久しぶりだぁ〜〜  (笑)
課 「えっ!・・・・・・・・・・」
 意外な反応でしたか?  あははは〜〜

会社生活も15年目くらいで、私の普段の同僚たちはみな、私がハンディ持ちということを忘れているのでございました。

私は控え室に入り、暇になったぁ〜と考えておりました。

ところが、数分後お呼び出しがっ!!

そうなんです。
私しか操作できないプレゼンテーションがあったのです。
あとから出ていくことになったので、図らずも「出すな!!」と言った部長の前を横切り、頭取さんたちの注目を浴びる結果に。。
 かえって、目立ってるじゃないか?! いいのかぁ〜〜〜〜


無事にプロジェクトが終了し、打ち上げ宴会が開かれました。。
そこで私は、その本社の○○部長にビールを注ぎに行きまして一言、

「いろいろとお気使い頂いたようで、ありがとうございました。今後もよろしくお願いいたします。」

と満面の笑みで言いました。ちょっと嫌味〜〜〜〜〜〜〜 (笑)
その時の○○部長の顔っ、驚きこの上ナシというふうでございました。


小バカにする人には、思い切り相手を気持ちよくさせ、礼を尽くしてのお付き合いが、こちらへの小バカを助長させない極意だと、多種の出会いから学んだのでございます。

母の苦悩

ハンディ持ちの親同士のお付き合いについては、いろいろあったようでございます。

ひとくちに脳性マヒという病名ですが、内容は千人、千色!! 
タイプも様々でございます。

我が夫も、同じ病名であるんですが、タイプは違いまして、お互いに
「どんなことで、手・足がこーなるの?」  と質問し合うのが現実の生活でござんす。

ですから、結婚してから夫にしてみれば、私ができないと思えるものをスイスイとやるのを見て、
へぇ〜〜〜〜!!と驚いてばかりだったのでございます。



母の話に戻りましょう。

小学校は、特別支援校の小学部。
良い面は、病院・訓練・その他、様々な情報の交換ができること。
現在のようにインターネットなんぞナイ時代、人の情報が一番でございました。
悪い面は、子どもの状態の比べっこが起きることがあったり、親同士の軋轢、差別・偏見があることです。

子ども心に嫌〜〜な感じを覚えているコトがあります。
それは、障がいのために大きな音を立てながら食事をする子がいました。
でも、それは状態を見れば理解できるコトですし、同じ学校にいるわけだから初めて見るわけでもない。
しかしある親子旅行の日、あるお母さんはその人親子が隣に座った途端、逃げるように離れて行ったのです。 

私は、悲しい気持ちになって、逃げたお母さんのことを嫌いになりました。


私は、子ども同士の付き合いに徹していましたが、時々母が 

「は〜〜、比べたって良くなるわけじゃナイのに〜〜」 とグチを吐いておりましたっけ。

時には、
「ハンディのあるお子さんを授かったのに、どーして、そんなに明るくしていられるの?」
とナント失礼な質問を受けるコトも、たびたびあって、

「頭が ぱぁ〜〜 なのでね。」
と煙に巻いておりました。



人と人とのお付き合いは、様々の考え・価値観がございます。
良い悪いは、一刀両断にはできませんが、お互いに認め合って、理解の努力があって、人間関係が成り立っていくと思っております。

これは、いつの世もどこの場所も不変のことでございますな。。。

慣れとは オソロシイ

ハンディ持ちは、ケガに慣れっこになっちゃう。
独歩が出来ても、不安定な部分があるから転びやすいのでございます。
つい先日も、2時間に2回転んで周囲をビックリさせちゃったんだけど、感心もされまして、笑いも取りました。

「受け身が柔道家もマッサオだね!!」 とか
「しっかり、頭は守ってるんだね!」   とか


外科的ケガも多々ございました。

一番凄かったのが、高2の時。
足の親指の付け根に机が倒れてきて、パックリ裂けまして血っちがドバーー!!
骨が見えた??
小学生の時は、家にあった火鉢にスライディングしちゃいまして、炭火のなかに手をモロ突っ込み!!
クッキー作りでは、バターを切った勢いでぺティナイフが飛び、手に突き刺さる!!
武勇伝・・武勇伝・でんデンででんでん!!♪ ヤッホーー!  あっ違う・・・・

その他、切りキズ、つめハガシ、剥離骨折・・・数知れず・・・・・・・(笑)

本当は縫合しなくちゃいけないケガも、すべて医者手間を掛けないで、自宅治療で完治にいたるのでございます。。
あ、縫合はしないですよ。感染などしたら大変です。。

日赤の救急処置講習会も4年ほど前に受け、基礎知識は持っておりますし、てなわけで、家には、外科の治療薬品と用具(ピンセット等)は完備しているのでございます。。

同じ言葉、なのにぃ〜〜

女友達とのふたり旅
一般社会で働き、自立した女のふたりです。
が違っていたのは、彼女も私も、魔女(ハンディ持ち)だったのでございます〜〜。
                     魔女じゃナイかぁ〜〜。 (笑)


長崎のハウステンボスで航空会社系列ホテルで宿泊。  
ハウステンボスの中って意外に広いし〜〜、坂だらけの石畳で杖や車いす使用には、ちと大変でありました。

夜、夕食でバイキングに行きました。
ふたりとも、お皿やお盆を持ちながら歩けません。

アテンドをお願いをして、「アレ、コレ、ソレちょ〜だい!」と言っちゃって、席に運んでいただきました。
いろいろなお客さんがくるんだろうし、こういうこともバリアフリーの一環になるだろうし、私は頼むことに抵抗はまったくありませんでした。

美味しく、楽しくお食事をして、お会計をしたときに事件が・・・・・・・・・
レストランのマネージャーらしき方がこう私たちにおっしゃったのです。

「当ホテルは、ルームサービスもございますので、よろしければそちらもご利用くださいね。」

私は、「ありがとうございます。」と言って、ふたりでお部屋に帰りました。


すると、友人が不機嫌極まりない表情  で、一切口をきいてくれなくなったのでございます。


ハテ?  はて??  なんだ???

あ 「なにか、私が悪いコトした?」 
ゆ 「シテナイ・・・・・・・・・・。」    
あ 「じゃ、なに?」          
ゆ 「あんたには、きっとわからないと思うから。。。」
あ 「????????????」


とうとう帰るまで、不機嫌は直らなかったのでした。
ふたり旅のこのような状況は、かなりキツイでっせぃ〜〜〜〜
後味の悪い旅になってしまいましたが、それはそれで思い出になっております。


この機嫌を損ねた原因について、当時は全然思い当たらずに
「なんでだろ〜〜、なんでだろ〜〜、なんでだろ〜〜、なんでだろ〜〜、なんでだろ〜〜」と考えていました。

ところが1年後くらいに突然  なるほど! って、イナズマが落ちましたぁ〜

「ルームサービスもございますよ。」という言葉に私は素直に受け取ったのです。
しかし、考えようによれば・・・・・・・
手がかかるから、ルームサービスを使ってくれ。と言われたとも思えるなぁ〜〜〜。
だから不機嫌になったのか・・・・・・・・・・・



は〜〜〜〜〜〜〜、なぞがほどけてちょっとスッキリしたものの、同じ言葉でも受け取り方ヒトツ!!
こんなにも、違ってしまうとは・・・・・・・・・・ねぇ。。


私は、その友人に 「素直すぎなのよっ!!!」  と後日 怒られました。

素直すぎな私、これがアッシなのでございまする〜〜〜〜〜〜〜〜〜

自分や友人の病気を知る

身近に死というものを感じた高校生の秋・・・・・・
小学校の同級生の死でした。。

進行性筋ジストロフィー:デシェンヌ型のいう病気の彼でした。


秋の夜、ベランダに出て彼のコトを思い出しながら、持って生まれた病気や運命に初めて向き合った時であったと思います。


それから、自分の病気の原因や友人の病名を聞く度に、家庭の医学(本)と首ッピキ!!
家庭の医学が愛読書となったのでございます。


思い返せば小学校4年頃、誕生日プレゼントにねだったものは、化学実験セット!!
とても女の子のネダルものではナイ!!

フラスコ・ビーカー・試験管・アルコールランプ・にゅうばち・試験管バサミ・試験管立て
フルセット買ってもらったのです。

デパートで当時売っていたのですが、店員さんが小学生の女の子が買ってほしいと言っていたので、
かなりビックリされていた様子は、今も記憶にあるのです。
手が不自由でいなかったら、医学・薬学・化学に進みたかった私でございました。

その探究心は、いまだに衰えずにインターネットで手軽になった検索機能でバリバリと、続いているのでございますぅ〜〜

あきらめない

気がつくと、何事にもあきらめなくなっていたのです。 
たぶん、中学のイジメを言葉でぶん殴ったときから? 

無意識にイジメに逃げた自分に、腹が立っていたのかな? 


目標とするゴールがあります。
健常といわれる人が考える道は、一直線でソコのゴールに走って行けちゃう。。
でも、ハンディ持ちの私は、一直線ではソコに行くことが出来ナイ・・・・・

ケドっ、違う道がたくさんあるってコトを知っているんだなぁ。。
ゆっくりだけど、すぐってわけじゃぁない、でもゴールには、確実に 行けるのさ。


風船ガム をふくらませている友達を見て、できない自分がくやしくて〜〜〜
「絶対、ふくらましてやるっ!! 負けるもんかっ!!」 
ガムにケンカ売っても・・・・・・・・ねぇ〜 (笑)

当時は、マジに挑んでいたのでございます。


風船ガム、いったい何個買ったんでしょう??
舌を噛んじゃったり、結構痛い思いもしたかも〜〜〜〜〜〜

お小遣いもかなりの投資した甲斐があって、ついにふくらませるコトに成功!!!!!!

あきらめないという快感にひたったのでございます。



その後、やりたいことは挑戦はしてみようが原則。
しかし、他人のご迷惑となることは即撤退。。
陰で自助努力でございます。。

腕が鍛えられた!

通園施設のバイト職員として働くに当たっていろいろと職務があります。

☆1日のリーダー
☆担当通園生の記録
☆通園バスの乗務
☆行事の運営
☆昼食の担当     etc

私がいちばん大変だったのは、昼食作り
だいたい一週間に1回担当することになりました。

20歳ソコソコで、料理のレパートリーなんか多いはずもナイ
30人前という大量の料理。
感覚もたいへんでした。。

男性職員にカレーとかシチューが定番を取られているので、女性職員はちょっと別なメニューが要求されます。

ある男性職員に
「俺のクチに合わせろよ 」などと無謀なコトを言われ、タジタジしておりました。

通園生は、ある意味非常に厳しく判断を下されます。
美味しくない・・・・もしくは、ちょっと不出来?なものを提供したならば、食べてくれません。
逆に、ものすご〜く美味しいものが出来た日には、鍋一滴のスープも残らないのです。

この差は、スゴイと思いませんか


自然に料理の腕が鍛えられていきました。

調味料や食材になるべく自然なものをと、考える女性職員に囲まれておりましたから、今から約30年前とはおもえないくらい環境保全意識も高いところでございました。


おかげで、インスタントものとか使おうとの意識なく、美味しい料理ができるという風に腕を鍛えていただいたのでした。。


ハメられた!

母って普通は、子どもには勉強を優先にさせるでしょう?
うちは、ちょっと違っていたのです。

私が机に向かっていると、台所から度々お呼び出しがありました。

母  「ちょっと、こっちにいらっしゃ〜〜い!!」 
あ  「今、勉強してるぅ〜〜〜!」 
母  「そんなもん、後回しっ!! 魚さばくから、見なさいって!!」 
あ  「も〜〜〜!」 

と強制お呼び出しで、お魚さばくのを見せられるハメになったのでございます。

お魚さばくことが数学や国語に勝ったのでございます。


小学校高学年からこのような調子だったので、お料理は不自由なお手手でも一通り、なんでも作れるようになったのでございました。 

和菓子・洋菓子も母のバイト先のおかげで仕込まれました。 
父も仕込まれスポンジケーキ  は、父のレパートリーとなったのでございます。   ありえない・・・・・? (笑)

欧米的は父の影響

考え方が欧米的なのは、父の影響なのでございます。

父は、子ども時代が戦争中で日本的な考えがイヤになり、自分の子どもには外国もので育てようと思っていたというフシがありました。

父の職業はマンガ家だったわけですが、日本のマンガはテレビでも見せてもらえずにおりました。
ですから、大きくなって友だちとの話題に支障がありました。
何を見ていたかというと “FLEX CAT”,“SNOOPY”,ディズニーを見ていたのです。

そういう外国ものは神さまが頻繁に登場するので、中学で出会った日曜学校には全然違和感がありませんでした。


父にはよく映画に連れて行ってもらいました。それもミュージカルばかり。。。
サウンドオブミュージック、5つの銅貨など、

その後、初めてチャップリンの映画に行った時、私の反応に父は固まったそうでございます。

「この映画、いつ歌うの?」 と言ったそうです。

私の頭では、映画 = 歌うもの  ということになっていたのでございますな。

大失態か? 正論か?

仕事も2年半、あるプロジェクトに入り、社内の研究部門と共同システム開発をすることに・・・・・・

まだペェペェの身ではありましたが、会議に入りました。
活発に意見交換されたのですが、ある項目においてはピタッと意見が止まってしまいました。
こう着状態で時間は刻一刻と過ぎていきます。

研究部門もこちらの営業部門も課長クラスも出席していて、意思決定は充分可能だったのに、どちらが責任を持つのか、費用を持ちだすかを決めかねていたんだと記憶しております。


私はそのこう着状態にかなりイライラしていたのでございます。
終業の鐘?も鳴ってかなり時間が過ぎても、こう着状態は続きました・・・・・・・・・

「あの、いつまでこの状態を続けるんですか?
 建設的意見も出ないなら時間の無駄ではないんですか?
 私はまだ新人で何もわからず、意見も言えませんので、
 先に帰らさせていただきます!!」    と爆弾投下 

会議を中座し、帰宅。

今思えば、何とも無謀な発言をした私でございました。


この翌日、私はどーなったかといえば、何のお咎めもありません。

徐々にわかったことでしたが、この爆弾投下によって会議は仕切り直しとなり、両者協力のもと進めていこうと結論に至ったのでございます。。


この爆弾での私の評価は、まっぷたつに割れました。

☆なんだ!こいつは!!生意気な意見言って!! 
 と一時的なシカトされる状況に。。 
 
☆まったくの正論である。なかなかこんな意見を真っ向勝負で言える人はいない。
 よく言ってくれた。おかげで目が覚めたよ。ちょっと驚いたケドね。
 実際に研究部門の課長さんが後日の酒席で、私に直接語ってくれました。

私の課長も後者の考えを持ってくれたので、助かったのでございますが、イヤハヤ、若気の至りでございましょうか? ねぇ!??


私の考え方の土台に欧米的な部分が多くあったことを、つけておきます。


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