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姐御−グッピー

Author:姐御−グッピー
どうも世間の障害者というククリからは、はみだしてしまう。
イジメも差別も笑いに変える、そんな経験を綴りながら、ど〜してこんな自分が出来上がったのか? 探ってみたくなりました。

はたして、何が見えてきますかねぇ。(笑)

2008.4.20 start..

写真を変えました。
オホーツク海です。
(本文とは関係ない!?) (^^;;)

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手玉に取っちゃった?! (^^;;

訓練校へ入学案内を聞くつもりで電話したら、翌日入試と言われて、入試を受けたらその日に合格と言われて、アレ?アレ?とびっくりしていた2日間。

心の準備もナイままに、電子計算機プログラマーのお勉強を始めることとなりまして、やっと現実に向き合おうかと思っているところ(入試より10日後)に、訓練校から連絡が入ったのでございます。

「就職試験があるから、訓練校にいらっしゃい。会社は、○○製作所だから。」
「ハイ、わかりました。。。」
ひゃ〜、もう入社試験!? 人生、こんなに急展開でいいんだろーか? 製作所って、ドコでしょか?)

とあの日本を代表するような総合電機メーカーだとは、即座には思い浮かばなかったのでございました。
 この木、なんの木、気になる木、見たこともない木ですから〜〜  の会社でしたぁ〜。

試験面接日まで急な人生展開にしては、ヌボォ〜っと過ごしてしまったのでしたぁ。


さて、試験当日! 
普通は緊張のルツボになるんでしょうが、まったくその気配ナシ!
常識や普通の学力があったので、ペーパー試験もまぁまぁ出来たかな。と自己満足。

次は、面接試験となりました。実は、この時かなり面接慣れをしていました。
たとえ、失礼なコトを聞かれようとも笑顔で返せるように腹くくった、ヒドイ面接を過去に受けていたのでした。

会社の人事から2名の男性がいらっしゃいました。
これまた、私は緊張度ゼロの面接となりました。
人事の方々のほうがよっぽど緊張されていたかもしれません。

最初の質問からユーモアいっぱいで受け応え、それでいて嫌味にならないように気をつけながら、次から次に面接が進んでいきました。

終わって時計をみると、なんと45分も経過していましたぁ〜!
面接官とのお別れの挨拶も、にこやかにさわやかでしたぁ〜。


面接室は、訓練所の職員室一角を仕切った場所。ですから、職員には笑い声はツツヌケ!!
指導員たちは、しゃべっていた内容は聞こえず笑い声は響くので、気になっていたご様子。。
終わるや否や、所長が寄って来て

所 「ずいぶんと楽しそうだったね。 こんな面接初めてですよ。」
あ 「そーですか?」
所 「45分は、新記録ですよ。しかも、笑いがたえないなんて・・・」
あ 「普通にしていただけなんですが。」
  (もしかしたら、会社の人を手玉にとっちゃったんですかぁ〜ね? あらま! 



この面接で会社も決まって、わずか2週間のうちに人生の急展開も急展開となったのでございます。


まともじゃナイ(-.-;

訓練校の指導員は男女ふたりづつに非常勤ひとり、プラス所長の6名。

考えが偏っていなかった方は、非常勤の方のみ。

勉強にそろそろ慣れた頃、ひとりひとり呼ばれて指導員との面接がありました。
北海道・東北・関東・東海・中国・九州と地方出身が多く、都会生活初という人もいたので、困ったこととかの調査の意味がありました。
クラスメートの面接時間は、15分以上かかっていました。

私も、男性の指導員から、呼ばれました。
指導員の最初の質問から、はいぃ〜〜〜?  というものだったのでした。

指 「授業後、まっすぐ家に帰っていますか?」 
あ (   はいぃ〜〜〜? 帰ってますか?って、また子ども扱い?? なんなんだココは!!
  「あのね。先生は、まっすぐ家に帰りますか? 
   この都心の繁華街を通過する場所に学校があって、
   小学生ならいざ知らず、お給料もらってる大人が、
   寄り道くらいするのが普通でしょう。違いますかね??」
指 「・・・・・そう・・・・・ですね。・・・・・・・」

何か面接表のような紙があり、質問がいくつか書かれていたようですが、私の面接は、これにて終了 となったのでした。

2分くらいで面接終わった私にクラスメートは、「早いかったね。」と怪しみました。

このようにズレてる指導員に私は、“今まで何の疑問もなく、同じ指導をしてきたんだろーなぁ”と考えたのです。
私も若かったし、一流企業に行くわけだからいわゆる普通の感覚を失いたくない。
それに、18歳のクラスメートにも、この指導員たちの考えは良いはずもナイ。。

1年間、様々なズレがありまして、何度リングに上がったコトか・・・・・・
まったく、疲れた訓練校時代だったのでございます。

子どもって、誰?

訓練校は、入学前に就職してしまって、会社の教育の一環扱いで技術を身につけるという形でした。
ですから、お給料をいただきながら1年間のお勉強となりました。
身分は、会社員でありましたが学生でもあるという、フクザツ〜〜〜な感じでございました。

クラスメートは、男13 ・ 女7。
社会経験あり 10  なし 10
就職率は、ほぼ100% (1名だけ残念ながら・・・・・
しかも有名な企業ばかりでしたぁ〜〜
私の会社も、総合電機メーカー H○T○C○Iでした。

訓練校の女性指導員でちょっと偏った考えの方がいらっしゃいましたぁ。
ある日、授業の中でちょっとした言葉のあやで、
「私、頭が悪くてちょっとすぐにはわかりません。」と言ってしまったのです。
そうしたら、返ってきた言葉が、
「頭が良いとか、悪いとか、大人が決めることです!」だったのです。

この言葉を聞いた私の頭は高速回転

大人が決めるっちゅーコトは!
      ↓
うちらは、子どもか?
      ↓
指導員に見下げられ、バカにされてる?
      ↓
私だけじゃなくて、みんなにとっても、コノ言われようはヨクナイぞ
      ↓
  抗議しよう

と瞬時に決定いたしました。

「あの〜、ココに子どもっているんですか?
 仮にも就職して働こうとしている者たちではないですか?
 まして、あなたはその指導員です。
 そのような考え方で良いんですか?」


冷静沈着にそして正論をぶちかましてみたのです。


女性指導員は、あまりの正論と私の冷静さに圧倒されたのか、一言も発せず職員室へ。。。
授業の途中なのに、指導員がボイコット


私は、ちょっとすっきり〜したのですが、若いクラスメートにとったら、ちょっと刺激が強すぎ?
教室もシィ〜〜ンとしてましたっけ。

この女性指導員は、私にギャフンと言わせたいと思っていたようでしたが、2度も返り討ち状態となったのでございました。
この指導員にとったら私は、嫌な一筋縄ではいかない生徒になったのでございます。

ズレとの闘いのゴング鳴る

公務員のアルバイトは期限がありまして、生活・収入の安定にはならず、専門学校卒業後2年過ぎたころから、親に

「親は、順番としたら先にいなくなるんだから、自分で生活できるようなことをかんがえなさい!」

とお叱りがチョイチョイ出るようになりました。

知人の紹介の会社を数件、面接を受けたりいたしましたが、会社側のあからさまの差別・偏見の態度にいささかウンザリで、とても就職する気分にはなりませんでした。
しかし、 「いつまでも遊んでるワケにもいかないなぁ・・・」  と思い、障害者対象の職業訓練校の試験でも受けてみるか! と電話を入れてみたのです。
習得技術は、電子計算機プログラマーコース。
専門学校は、社会福祉だったので畑違いの180度転換したかっこうになりました。

すると運命だったのか! 急な展開が待っていました。
 
「明日、ちょうど試験をする予定なので、都合がよければ受けませんか?」
「えぇ〜!!明日!?ですかぁ〜?
と翌日急きょ入試を受ける羽目になったのです。


何も勉強もせず、何の書類も準備する余裕もないままに、訓練校へ向かいまして職員室で名前を告げると、私にとって思いもよらぬ言葉が所長から発せられました。

所長 「えっ、一人で来たんですか?」
あ  「足も目も耳も口も使えますから、一人で来たんですケド、何か?」

所長は、一瞬たじろいだようですが、あまりにも私が一人で来るのは普通のことだろうというオ〜ラを出しまくっていたので、にこやかに 「どーぞ!」 と言ってくださいました。
他の受験生は、必ず親が付いてくるそうで、一人で乗り込んだのは初めてだったらしい。。。
私の親も付いて行かないのが普通と思っているので、単独行動で何の疑問もナイ。。


入試は、即日合格を言い渡されて、これまた。。

たった2日の間で、プ〜太郎から学生に急展開となったのでございます。


その所長が言い放った
 「えっ、一人で来たんですか?」
という反応は、私に嫌な予感を感じさせたのでございます。

案の定、その訓練校は、障害者だから・・・・・・・・・・、障害者というものは・・・・・・・・・・という偏見・差別観を入学後には日々感じるところでございました。


いったん役所で働いた経験や、健常の方々とのお付き合いが多かった私にとって、引っかかるものが多々ありました。
学生の1年間は先生の観念との戦いの日々を、過ごすことになったのでございます。

この経験も、また人生の糧となっていくのでございます。

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